【コラム】レモンサワーの歴史
レモンサワーといえば、居酒屋メニューやRTD商品に至るまで、お馴染みのお酒。
焼酎を炭酸水で割って、レモンを加える。
このシンプルな組み合わせが魅力のお酒ですが、今回はレモンサワーが全国区のお酒になった歴史をご紹介します。
レモンサワーは、戦後の飲み方がベース
レモンサワーは、戦後の甲類焼酎の飲み方がベースになっています。
甲類焼酎の登場は、明治時代後期になりますが、現在の甲類焼酎の飲み方は、1945年以降の戦後がベースになっています。
その飲み方というのは、甲類焼酎を炭酸水や割材、焼酎用シロップで割って飲むというものです。
戦後すぐに甲類焼酎は、庶民のお酒として認知が広まります。
モノ不足が深刻で、ビールや日本酒よりも、甲類焼酎は安価で入手しやすかったためです。
ただ、当時の甲類焼酎は精製度がまだまだ低いものが多く、ストレートやロックでは飲むには厳しいお酒でした。
中にはカストリ酒と揶揄される粗悪なものも。
そこで、飲みやすくしようと、炭酸水やかき氷のシロップ、ラムネを加えて氷を入れて飲まれるようになります。
当時の飲み物といえば、お茶が一般的な時代。
甲類焼酎の割材に使えるドリンクといえば炭酸水があるくらいで、ほとんどが「ラムネ」や「キリンレモン」といった子供向けのものばかり。
そこで、これを商機ととらえた飲料メーカーがこぞって割材や焼酎用シロップを開発するようになったのです。
1948年、「ホッピー」が発売され、1949年に「ホイス」、1952年「天羽の梅」と続きます。
東京下町を中心に「自分達で焼酎は作ることはできないが、美味しく飲む工夫ならできる」と、割材や焼酎用シロップを使った飲み方が広まります。
以降、東京の台東区といった下町に割材や焼酎用シロップを製造する飲料メーカーが多かったため、東京を中心に甲類焼酎を割材や焼酎用シロップで飲む文化が全国に広がっていくことになります。
割材や焼酎用シロップは、もともと存在していたワケではなく、甲類焼酎の飲み手の要求によって開発されたものだったのです。
レモンサワーの元祖といわれる店
東京には、レモンサワーの元祖といわれる店があります。
それは中目黒にあった「もつ焼き ばん」というもつ焼き店で、ここの創業者の方が、レモンを加えた焼酎の炭酸割りである”チューハイ”をレモンサワーと名づけたといわれています。
「もつ焼きばん」の開業は1958年ですが、その頃には、すでに東京下町を中心に焼酎を割材や焼酎用シロップで飲む習慣は根付いていました。
ところで、割材というのは、ドリンクそのものに梅・紫蘇といったフレーバーがあらかじめ添加されたものですが、焼酎用シロップというのは、炭酸に加えるフレーバーのついたシロップのことです。
焼酎+炭酸である”チューハイ”の中に加えるもので、チューハイに加えるものといえば、何も焼酎用シロップに限らず、梅や紫蘇など昔から馴染みのある食物のほか、レモンといった果物も使われていたのは想像に難くありません。
東京下町では、焼酎が割材や焼酎用シロップで飲まれるようになったと同じくらいにレモンを加えた”チューハイ”は、一般的だったことでしょう。
そのため、レモンを加えた”チューハイ”が「もつ焼き ばん」のオリジナルドリンクということではなく、レモンを加えた”チューハイ”を、”レモンサワー”と名づけたお店ということです。
ただ、レモンサワーという名前はいかにも爽快なイメージで、その後の焼酎の多様性を決定づけた素晴らしいものでした。
レモンサワーの知名度が全国区になった出来事2選
「もつ焼きばん」の創業者の方がレモンサワーの名付け親ですが、知名度が全国区になった出来事が2つあります。
1つは、居酒屋チェーンの登場で、2つ目は博水社の「ハイサワー」の発売です。
居酒屋チェーンの登場
現在では、居酒屋チェーンというのは、低価格で気軽に立ち寄れる飲食店として馴染みのあるものですが、本格的な登場は1970年代です。
それ以前の居酒屋といえば、店先に赤提灯が掲げられ、ご主人とその奥様で切り盛りされているようなお店でしたが、1974年にチェーン化を進める居酒屋が業界に新規参入するようになります。
それまでの居酒屋は、サラリーマンがターゲットのお店でしたが、新規参入者はチェーン化にあたって若者の取り込みが必要だと考えます。
そのために注目されたのが、メインのアルコールドリンク。
酔うことではなく、楽しく時間を過ごすことが来店目的の若者に、ビールや日本酒ではなく、チューハイやレモンサワーの口当たりのよさ、後に引かない軽さ、アルコール濃度の調整しやすさをアピールします。
ジョッキで提供されるカラフルなチューハイやレモンサワーは”新しいカクテル”として若者の支持を取り付けることに成功します。
それ以降、居酒屋チェーンの躍進と共に、レモンサワーは全国区となったのです。
ちなみに、レモンサワー以外の”グレープフルーツサワー”や”カルピスサワー”といった”〇〇サワー”という名称は、こういった居酒屋チェーンが名付けたものといわれています。
「ハイサワー」の発売
居酒屋チェーンや「もつ焼き ばん」界隈でレモンサワーという名称は一般的になりましたが、1980年の「ハイサワー」の発売がさらに全国区へと後押しします。
1948年の「ホッピー」発売以降、割材や焼酎用シロップの新商品の販売は続きます。
さまざまフレーバーが飲み手を楽しませますが、レモンやグレープフルーツといった果実系の割材は、少ないものでした。
炭酸水と果実を加えるだけなので、販売に至らなかったのかもしれません。
そんな中、1980年に割材メーカーとしては後発の博水社が「ハイサワー レモン」を発売。
レモンの真ん中だけを絞る「真ん中絞り製法」や、それまでになかった強度ある炭酸といった商品力は圧倒的で、瞬く間にブームとなります。
全国CMも好評で、甲類焼酎を「ハイサワー レモン」で割ったレモンサワーは一気に全国区となったのです。
1958年の「もつ焼き ばん」から約20年後、レモンサワーは、全国のお茶の間にまで広がることとなったのです。
まとめ
いかがでしたか。
レモンサワーがどのようにして全国区の知名度を獲得したのかをまとめました。
今ではレモンサワーRTD商品の開発は隆盛を極めて、新たな”レモンサワーブーム”といわれています。
みなさんも、今夜はレモンサワーで乾杯してみてくださいね。
この記事を書いた人
SHOCHU PRESS編集部
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