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むぎ焼酎 壱岐の画像

【麦焼酎】むぎ焼酎 壱岐(むぎしょうちゅう いき)/ 玄海酒造(長崎県壱岐市郷ノ浦町)

2022-01-29

明治33年創業の玄海酒造

玄海酒造は、壱岐焼酎の造り手の中でも屈指の知名度を誇ります。
創業は、1900年(明治33年)に酒造免許を取得したのが始まり。
ただそれ以前も、自家醸造をしていたようです。
南九州の多くの酒蔵がそうであったように、当局が自家醸造酒を禁止したために創業したのでした。

そんな伝統がありますが革新性も持ち合わせていて、樽貯蔵には1960 (昭和35)年という焼酎業界において、最も初期に取り組んだ蔵でもあります。
そのほかにも、麹米を無農薬合鴨農法でつくられた契約栽培米に使用したり、掛麦にオーガニック麦を使用した「大謹醸」など、多彩なラインナップを誇ります。
「海の王都」という銘柄では、壱岐島産大麦の「二シノホシ」を使用。

また、壱岐焼酎の歴史を伝承にも熱心で、蔵には焼酎資料館を併設して、多くの見物客を集めています。
壱岐の豊かな自然の恵み

壱岐島は、東西15km、南北17km、面積およそ138㎢の玄界灘に浮かぶ、人口約25000人の島。
暖流の影響を受けるので、四季を通じて温暖な気候です。
正式な地名は長崎県壱岐市。

壱岐島の東南部には、長崎県で2番目の広さを誇る深江田原という、平野が広がります。
この平野が生み出す穀倉地帯によって、太古の昔からこの地の人々は豊かな自然の恵みを受け取っていました。
平安時代には、米だけでなく麦も生産していたといわれています。

壱岐焼酎の歴史の画像

壱岐焼酎の歴史

焼酎造りの歴史も古く、江戸時代には造られていたと言われています。
壱岐焼酎の歴史を知る上で、最も有名かつ重要な論文があり、それには、

「江戸時代、壱岐は平戸藩の支配下にあった。寛政七(1795)年の平戸藩「町方仕置帳」に書かれた酒屋に関するさまざまな取り決めのなかに、「焼酎」の文字がある」
-引用 目良亀久,「壱岐の麦焼酎物語」, 醸協誌,第71巻第3号

とあります。

ところで、焼酎の伝来は、3つのルートが考えられています。
その一つに中国雲南→朝鮮半島説があり、その中継地はまさに壱岐島。
1795年という江戸時代後期に当時の焼酎文化の中心であった南九州とは距離を隔てた壱岐で、このような文書が見つかったのは、その裏付けといえる、かもしれません。

「『壱岐は大陸に近い。昔から、大陸文化の中継地点として、さまざまな生活文化を芽生えさせてきました。蒸留法(蒸留器)も大陸から伝わったと考えるのが自然です』と語るのは、玄海酒造社長の山内賢明さん」
-引用「焼酎楽園」

壱岐は麦焼酎の発祥の画像

壱岐は麦焼酎の発祥

壱岐では江戸時代、米の課税が厳しくなります。
しかし、豊潤な深江田原は、島民を見捨てることはありません。

米は当局に治めますが、麦は島民の主食用であり続けたのです。
そして、その残りを使用して焼酎を造るように。
これが壱岐焼酎の原形と現在でも考えられています。

そのあと時代が下るにつれて、米の使用も緩和され、米麹が使用されることになります。
これが、壱岐焼酎の骨格を成す「米・麦焼酎」の誕生でした。

壱岐は酒の肴の宝庫の画像

壱岐は酒の肴の宝庫

壱岐島周辺の海は、五島島列島沖で別れた黒潮(対馬海流)に乗ってさまざまな魚が回遊する、玄界灘屈指の豊かな漁場。
冬場の寒ブリ、イカやアジ、イワシ、サザエなどの海の幸に恵まれています。

素潜り漁で獲れるウニも有名で、5~6月は紫ウニ、7月は馬糞ウニ、8~10月は赤ウニと、季節によってとれる種類が変わります。

また、潮の引いた磯辺でとれる甲殻類の”カメノテ”という珍味や、”壱州豆腐”と呼ばれる地元の豆腐など、壱岐島は酒の肴になる食材の宝庫。

壱岐はストレートのまま飲む人が多いですが、それは玄界灘の荒波にもまれて帰港した漁帥たちは、焼酎をストレートでグッと一杯飲って寝たから、といわれています。

むぎ焼酎 壱岐の画像

銘柄名を3度変更

今回ご紹介するのは、当蔵の代表銘柄である「壱岐」です。
この「壱岐」は、壱岐そのものがネーミングの由来ですが、それには3度の変更がありました。

当蔵の創業時の銘柄名は「瀧泉」でした。
その由来は、創業の地が壱岐で一番高い”岳ノ辻”の麓で、湧き水が豊富な場所であるところから。

しかし、1954年(昭和29年)の壱岐島の外に出荷することになり、「玄海」と変更。
壱岐島以外のマーケットを意識したものでしょうか。

さらに、1975年(昭和50年)現在の「壱岐」へと変更。
麦焼酎発祥の地である壱岐を強調した、確固たる銘柄名が誕生したワケです。
一方、大分の麦焼酎ブームの火付け役「吉四六」が発売されたのは、1973年(昭和48年)。

ちなみに、初代の「瀧泉」は、創業から100年周年を記念して、伝統の甕貯蔵の長期貯蔵酒として復刻しています。

減圧蒸留で蒸留の画像

減圧蒸留で蒸留

この銘柄は、多くの壱岐焼酎が常圧蒸留であるのに対し、減圧蒸留で蒸留されています。
そのため、米麹由来の蒸した米の香りは感じますが、甘みが抑えられてシャープさが際立ちます。スッと入っていく感じです。
後味は、油分をかすかに感じる程度。
非常にすっきりしています。

飲み方はロックがオススメです。
または、シャープさが際立ちアルコール濃度が気にならないので、冷やしてストレートも良いかもです。

明治33年創業の玄海酒造の画像

減圧蒸留特有のべたつくような甘さがないので、さっぱりした料理に合います。
玄海灘で豊富に獲れる、アジやイワシなどの海面に生息する青魚を刺身、または上質なオリーブオイルをひと回ししたカルパッチョがマッチしそうです。

〈銘柄データ〉
【むぎ焼酎 壱岐(むぎしょうちゅう いき)】
玄海酒造/長崎県壱岐市郷ノ浦町
主原料/麦
麹/白麹(米)
度数/25度
蒸留/減圧蒸留

 

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