酒屋の経営に必要なものとは? 酒乃なべだな(千葉県印西市)に伺いました!
今回の取材先である「酒乃なべだな」は、前回の「させ酒店」代表である佐瀬伸之さんからのご紹介です。
佐瀬さんから、「千葉県印西市に気合の入った店主がいます。スーツというより”特攻服”がお似合いの方です」とのことで、お会いするのを取材前から、楽しみにしておりました。
「酒乃なべだな」の歴史から経営について、代表の大塚雄三さんにお話を伺いました。
「酒乃なべだな」の歴史
SHOCHU PRESS編集部(以下、編集部) : まず最初に、「酒乃なべだな」の歴史をお聞かせいただけますか。
「酒乃なべだな」代表 大塚雄三さん(以下、大塚さん) : 成田に酒造メーカーをしている本家がありまして、僕の4代前が、諸般の事情で印西を訪れて酒造業を開始したのが始まりです。「不動」※1 で有名な酒蔵の鍋店株式会社の分家、つまりは印西にある出蔵という形で酒造りをしておりました。
その初代は、酒豪かつ地元では有名な遊び人。利根川に船を持っていて、船の中に風呂を作って入浴を楽しみつつ、川下りをしていたという逸話があるほどです。とても元気なお年寄りだったみたいですね。
※1 不動(ふどう)は、千葉県成田市本町にある1688年(元禄2年)創業の鍋店株式会社の日本酒の銘柄。
大塚さん : ただ、祖父にあたる二代目も、けっこうイケイケな性格をしていおりまして。戦争中にマイゴルフ場を造って、地元の人にゴルフや野球を教えたりとか。あと、ボクシングもやっていたみたいですね。”結構”な人だったようです。僕が4代目です。戻ってきたときは破産寸前だったんです。年商が1600万円からスタートしました。
「もうやばい、誰も客なんか来ない」そんな状態からです。
編集部 : そんな大変な時があったのですね。継がれた時のお歳はおいくつだったんですか
大塚さん : 僕が25の時です。だから、19年前ですね。当時の年商は1600万円でした。月商でいうと100万円ちょいでしたから、大変でした。
「酒乃なべだな」代表 大塚雄三さん
再建のきっかけになった「蔵直」
編集部 : その状態で継がれて、お店の再建に何から着手されたのですか?
大塚さん : 始めは、生ビール売ったり、瓶ビール売ったり、親の言っていることしかわからないから、いわれた通りにやっていました。前職が営業職だったんで、飛び込み営業をしたり。
大塚さん : そのうち、付き合いのあった問屋の営業さんから、「これからは、問屋流通じゃダメだよ。蔵直で契約をしていく他に、生き延びていく道はないよ」とのアドバイスをもらしました。その人はもともと自身の酒屋をお辞めになった人だったので、説得力があったんです。そこで「鶴齢」※2 を造っている、新潟の青木酒造に行くことにしました。結果的に、特約という形をもらいました。
大塚さん : 次は、「上喜元」※3 を造っている山形の酒田酒造さんに行ってみなよって言われて。行ってみると、蔵元さんから「そんなにやる気があるんであれば、やってみれば」、って言ってもらえたんです。当時はまだ比較的緩かったんですよね。その後やらしてもらうことになりました。その時に確信しました。これはイケるんじゃないかと。それからですね。いろんな蔵元に行くようになったのは。
※2)鶴齢(かくれい)は、新潟県南魚沼市塩沢に本社を置く青木酒造の日本酒の銘柄
※3)上喜元(じょうきげん)は、山形県酒田市京田に本社を置く酒田酒造の日本酒の銘柄
相性の良くなかった焼酎業界
編集部 : 焼酎についてはいかがですか?
大塚さん : ちょうどその当時、焼酎ブームがやってきた時期でもあるんです。
焼酎蔵にも行こう思って、早速、鹿児島に降り立ちました。4日間くらいで10何件ものアポイントとって意気揚々と乗り込んだんです。しかし、結果は全件断られました。一件も、契約取れなくて。当時は、プレミアム焼酎がすごかった、焼酎が売れに売れていた時だったんです。
編集部 : 当時はまさに、本格焼酎の空前のブームのピークだったわけですね。
大塚さん : そうなんです。まさに、ど真ん中のピーク(笑)鹿児島なんて大っ嫌いだって帰ってきましたもん(笑)。いつかみてろよ、って(笑)。
編集部 : では、そこからどうやって、焼酎の取扱いを増やしたのですか。
大塚さん : 鹿児島県内は、焼酎が豊富じゃないですか。こっちにまだ取り扱いがない銘柄を、問屋流通でバンバン送ってもらいました。「全部買うから」って。そのおかげで、それっぽい焼酎の売り場をつくりました。
大塚さん : 銘柄を出しては失礼かもしれないけど、「魔王」はないけど、「天誅」はあるみたいな。「むかしむかし」があるよ、とか。
それらの焼酎は、この辺りではなかったんです。問屋流通で引っ張ってくることはできた。
鹿児島はずいぶん通ったけど、残念な思い出が多いです。うまくいかなかったパターンが多かったですよ。
結局、焼酎ブームはダメで、清酒の方に力入れて、で、こっちの方が比較的、お店にとっては相性が良かったのかな。
ただ、鹿児島はいまだに年に1回は行きますけどね。
今では多くの焼酎の銘柄が並ぶ
現在の隆盛は大塚代表から
編集部 : 4代目の酒屋さんということをお聞きしていたので、バランスよく商品がラインナップされていて「老舗は違うな」って思っていたんですが、実はそうじゃないんですね。
大塚さん : そうですね。ゼロというか、マイナスからだったんで(笑)。年間300万円くらいの赤字でしたから。皆さん、「嘘だー」って言うけど、本当だよって。
編集部 : お酒を販売されるにあたって、大事にされている事はございますか。
大塚さん : 実は、ネットショップは止めちゃったんですよ。
理由は、蔵元の方のご苦労というか、精神的なものとか心意気がわかると、僕としては、やっぱり手で売ってあげたい、って思います。
その点は大事にしています。今の現代には合ってないかもしれないけど。ただ、数字の結果は出ていますから、自信は持っています。
編集部 : お客様は、ご来店して買っていかれるわけですね。
大塚さん : 今も見ての通りですよ。ずーっとお客様は絶えません。ありがたいことです。
蔵元の方たちと話をしていると、すごく熱量があるんです。その思いとか伝えたいと思います。
大塚さん : でも、世の流れとかを考えた場合に、じゃあ、100%手で売らなきゃダメだよっていうのも時代から、ズレているのもわかります。
僕も、時代錯誤だとわかっているんですが、それでいいと思っているんです。ただ、それが結果的に、蔵元の方たちに評価されて、ウチに大切なお酒を預けてくれているのかなっていう感じもありますね。
取材日は平日の日中にもかかわらず、多数の来客が
焼酎について
編集部 : ところで、焼酎は今売れているのでしょうか。
大塚さん : 基本的には、一時よりは苦戦気味。ただ、個性が強いものは、売り手である僕たちの押し方によります。つまり、店内の限られた棚の中で、焼酎の個性をお客様にキチッと言えるか。
大塚さん : 例えば、「お湯割りで飲みたいんだけど、何が良い?」とお客様から質問されたら、「なかむら」、「六代目百合」、「さつま寿」の3銘柄をオススメします。「炭酸で飲むには?」と聞かれたら、「優しい時間(とき)の中で」や「海」ですよね。
ただ、その他にもいろんなシチュエーションがあるので、それに対応した焼酎をおすすめするようにしています。
経営とは
編集部 : 4代目として「酒乃なべだな」の経営にご苦労されているのは、理解しました。では、コロナ禍でのご苦労はありましたか。
大塚さん : コロナ禍になって、業務用がゼロになりました。それまでは業務用が7割、店頭が3割だったので、こうなっていくと立ちいかなくなります。そして、全員社員集めて、「今あるキャッシュがこれだけしか残っていないから、半年しかもたない。場合によっては、倒産する可能性がある」と正直に伝えました。時期は2020年の3月ですね。それで、みんなでちょっと気合い入れて、個人宅のチラシ営業をやることにしました。ここから千葉ニュータウンまで車で15分なんで、全員で自転車に乗ってチラシ持って言ってこんちわー、って個人宅に声かけて回りました。
大塚さん : 在宅勤務が始まっていた頃で、家にいる方がほとんどなので、「あの、こんちわー、こんなことやっています。よかったら来てください」と、ひと夏ずーっと回りました。みんな、お尻が擦りむけちゃって。僕の自転車のシャフトが折れたなんてことも。死に物狂いとはあの当時の事だと思います。効果がなかったら、辞めるつもりでしたが、おかげ様で持ち直すことができました。3ヶ月から4ヶ月の間で。
編集部 : 個人宅のチラシ営業をかけたら、お客さんがバンバンきたんですか?
大塚さん : はい。ウチはお酒のアテ用に食品加工品も販売しているので、その相乗効果もありました。お酒と食品加工品を抱き合わせで販売したりとか。
店内では食品加工品も販売されている
酒販店の今後のカタチ
編集部 : 大塚さんのお話を聞いていると、斜陽した会社の再建を託された経営者といった感があります。経営者目線で、酒販店の今後のカタチをお聞かせください。
大塚さん : 今は酒販店業界にとって、チャンスだと思いますよ。さっきも言いましたが、僕でウチは4代目です。お話しした通り実質的には、酒販店として歴史が短いんです。本当にそれっぽくなったのは、たかだか5,6年前なんですよ。
大塚さん : かつての酒販店は、「十四代」があって「飛露喜」があって、例えば焼酎だったら、「森伊蔵」があってとか、有名な銘柄を取り扱っていないと、お客さんから相手にされないような時代がありました。でも、最近は、銘柄の扱いの質だけで、酒販店の良し悪しは決まらないと思うんです。
大塚さん : はっきり言うと、経済力のある人は、有名銘柄なんて貰い物なんですよね。ご自身では買わないんですよ。そういった方々が求めているのは、有名銘柄の取り扱いではなく、接客時のエチケットやマナーといった、接客業としては至極真っ当なことなんです。言葉遣いや身だしなみです。僕がジャケットを着て接客しているのも、その表れです。
編集部 : 特攻服じゃない(笑)。
大塚さん : 銘柄が同じであれば、有名百貨店で買うのと、ウチで買うお酒は全く同一のものです。高いか安いかの違いはあると思いますが。有名百貨店にもどこにも負けない、酒売り場の強みがウチにはあります。有名銘柄だけじゃない、日本酒と焼酎「売り場の強さ」。
最近では、有名銘柄の取り扱いがあったおかげで、自動的に集客ができていたお店からお客様が流れてきているんです。
奥様の大塚加愛(かより)さん
大塚さん : 良い接客を受けながら、良いものを買いたいっていう、お客様は実は多いんです。サービス業としては普通のことなんですが、それができない店が残念ながら増えてきたというのが印象です。お客様と会話できる教養も必要ですが、それも気合いで乗り切りました。偏差値30いくつの僕ですが(笑)。そこの人たちに近づくためには、そのくらいはなんとでも。
編集部 : 今日は、貴重なお時間をありがとうございました。
大塚さん : ありがとうございました。
取材を終えて
現在の「酒乃なべだな」さんの隆盛は、大塚代表が築いたというお話しには驚かされました。
豪快奔放な先人の方々の後を受け継ぎ、店舗増床までを実現した大塚代表は、優れた経営者だと思います。
取材の途中から、経営者目線でのお話が多くなったのが印象的でした。
ところで、最近は、大学在学中に起業し、日本版ユニコーン企業を目指す若い経営者が増えています。
MBAといった経営博士号を取得し、最先端の言語で理論武装しているのが特徴。
ただ、本家アメリカや中国と比べて、なかなか日本版ユニコーン企業が現れません。
かつての日本は、ソニーやホンダといった世界に名だたるスタートアップ企業を輩出していたのにもかかわらず、苦戦が続きます。
そのような若い経営者の方は、大塚代表に相談されることをおすすめします。
大塚代表はきっとこう言うでしょう。
「かっちょいい経営理論もいいけどさー、経営に大事なのは『気合』と『根性』だよ」と。
経営者には経営指南書ではなく、自転車のシャフトが、ぶっ壊れるくらいの『気合』と『根性』が必要なのです。
大塚代表のお話を聞いるうちに、そんなことを思いました。
みなさんも、大塚代表に会いに「酒乃なべだな」さんに行ってみてください。
〈ショップデータ〉
【酒乃なべだな】
住所/千葉県印西市大森4385
電話/0476-42-2351
https://nabedana.com
この記事を書いた人
SHOCHU PRESS編集部
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