
焼酎のルーツはどこから来たのか?
目次
照葉樹林文化とアラック酒に見る“焼酎伝来”の物語
焼酎は、日本で独自に生まれたお酒のようでいて、そのルーツをたどると、はるか遠いアジアの山岳地帯へとつながっていきます。
稲作よりも古い農耕文化、カビを使った発酵、そして蒸留酒「アラック」。
本記事では、焼酎の起源を「照葉樹林文化」と「アジアの蒸留酒文化」という2つの視点からひもときながら、焼酎が日本に根づくまでの長い旅路を紹介します。
日本の酒文化は「稲作以前」から始まっていた
日本列島では、稲作が伝わる以前から、すでに農耕と発酵の文化が存在していました。
縄文時代初期には、サトイモやヤマイモ類が東南アジアから伝来。
後期になると、アワ・ヒエ・キビ・ソバなどの雑穀栽培が中国・朝鮮半島経由で伝わります。
さらに晩期には稲作技術がもたらされ、日本の農耕文化は大きく転換していきました。
この“稲作以前”の日本文化を語るうえで、近年とくに注目されているのが照葉樹林文化です。
焼酎文化の土壌となった「照葉樹林文化」
照葉樹林文化とは、ヒマラヤ南部から中国南部、台湾、日本南部にかけて広がる常緑広葉樹林帯に育まれた生活文化のこと。
この文化圏では、
・焼畑農耕
・雑穀・イモ類の栽培
・茶・漆・柑橘
・そして原始的な酒造り
が行われてきました。
日本では、宮崎・熊本・鹿児島の山間部(椎葉、高千穂、綾など)が、照葉樹林文化の色濃い地域として知られています。
そしてこの地域こそ、のちに焼酎文化の中心地となっていきます。
アジアの酒は「カビ」がつくった
世界の酒文化は大きく2つに分けられます。
・ヨーロッパ・西アジア:麦芽文化(ビール・ウイスキー)
・東アジア・東南アジア:カビ文化(麹の酒)
日本酒・味噌・醤油・焼酎はすべて、カビ(麹菌)によってデンプンを糖に変える文化から生まれました。
湿潤なモンスーン気候に属する照葉樹林帯は、カビが育ちやすい土地。
この風土こそが、焼酎を生む“微生物文化”の土台だったのです。
焼酎の原形「アラック酒」との出会い
焼酎の源流にあるとされるのが、中東からインド、東南アジアに広がった蒸留酒「アラック」です。
ヒマラヤ周辺では、
・チャン(低アルコールの醸造酒)
・ロキシー(蒸留酒)
が飲まれており、これらはアラック系統の酒と考えられています。
この蒸留酒文化が中国南部を経て琉球へ伝わり、泡盛となり、やがて焼酎へとつながっていきました。
雲南省に残る“焼酎の原風景”
1990年、中国・雲南省では、原始的な焼酎造りが確認されています。
・散麹(日本の種麹に近い形)
・固体発酵
・カブト釜型の蒸留器
これらは、日本の伝統的焼酎製法と驚くほどよく似ていました。
少数民族の集落では、今も祭礼用の酒として蒸留酒が造られ、55度近い原酒が飲まれていたといいます。
焼酎は、決して“突然日本で生まれた酒”ではなく、アジアの山岳文化の中で長い時間をかけて育まれてきた酒だったのです。
タイの「ラオ・カオ」と泡盛の共通点
タイの蒸留酒「ラオ・カオ」も、焼酎と深い関係をもつ酒です。
米を蒸し、餅状の種麹「ルクパン」で糖化・発酵させ、蒸留する。
この工程は、泡盛と非常によく似ています。
使用される微生物は異なるものの、「麹+蒸留」という設計思想は完全に同系統。
ここにも、焼酎がアジア酒文化の一員である証が残っています。
焼酎は“日本化されたアジアの酒”
焼酎は、西アジアに始まる蒸留技術と、照葉樹林文化が育てたカビ文化が出会い、日本の風土の中で磨かれて完成した酒です。
黒麹・白麹の発達、酸による腐敗防止、南九州での定着。
それらすべてが、日本の環境が生んだ進化によって誕生したのでした。
まとめ|一杯の焼酎は、アジアの記憶を飲んでいる
私たちが何気なく飲んでいる焼酎は、ヒマラヤの山岳民族、雲南の集落、琉球の島々、南九州の蔵元へと連なる、“一万年規模の酒の系譜”の末にあります。
焼酎は、土地の酒でありながら、アジアの酒でもあるのです。
次にグラスを手に取るとき、その奥に流れる長い時間にも、少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
この記事を書いた人
SHOCHU PRESS編集部
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