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大分の麦焼酎を代表する二大メーカー

大分の麦焼酎を代表する二大メーカー ―「いいちこ」の三和酒類と「二階堂酒造」がつくった麦焼酎王国・大分

現在、「大分=麦焼酎」というイメージは全国に定着しています。その中心にあるのが、宇佐市の三和酒類と、日出町の二階堂酒造。この2社が築いた製法とブランド戦略こそが、大分を“麦焼酎王国”へと押し上げました。

ここでは、大分焼酎を語るうえで欠かせない二大メーカーの歩みと技術的特徴を整理していきます。

三和酒類(宇佐市)|「いいちこ」が切り開いた減圧蒸留の時代

「いいちこ」で知られる三和酒類は、1958年に宇佐周辺の4つの酒蔵が合同して誕生した会社です。当初は清酒や粕取焼酎を手がけていましたが、1978年、本格的に麦焼酎造りへ参入します。

試験醸造の初年度はわずか9kl。しかしその後、生産量は毎年倍増を超える勢いで伸び、わずか数年で全国有数の焼酎メーカーへと成長しました。この急成長の最大の要因とされるのが、減圧蒸留の全面採用です。

減圧蒸留が生んだ「軽く、澄んだ麦焼酎」

減圧蒸留とは、蒸留機内部を真空に近い状態にし、低温で蒸留する方法。高温になりにくいため、焦げ臭や重たいフーゼル油が出にくく、ピュアで軽快な香味に仕上がります。

三和酒類では、
・原料麦を高精白
・白麹を使用
・低温発酵
・減圧蒸留
という設計で、従来の焼酎イメージとは異なる、すっきり・やわらか・飲みやすい麦焼酎を実現しました。

さらに、蒸留後にイオン交換樹脂を用いて微調整を行い、荒さだけを除去。一部は未処理原酒とブレンドし、麦の風味を残しながらもマイルドな酒質に整えています。
三和酒類の麦焼酎は基本的に長期熟成を行わず、「新しさ」を重視。減圧蒸留酒は時間とともに香味が痩せやすいため、蒸留後比較的短期間で瓶詰めされます。
結果として誕生したのが、全国で“焼酎の入口”となった「いいちこ」の酒質です。

二階堂酒造(日出町)|大分麦焼酎の先駆者

二階堂酒造は、戦後間もない頃から焼酎造りを行っていた大分の老舗です。もともとは清酒蔵でしたが、戦後の米不足を背景に焼酎へ転向。米・麦・芋など多様な原料を試すなかで、1950年代初頭にはすでに麦焼酎を製造していました。

1970年代初頭までは米焼酎が中心でしたが、「健康」「飲みやすさ」という視点から、麹も掛け原料もすべて麦にした純麦焼酎へ本格転換。ここから大分麦焼酎の歴史が本格的に動き始めます。

“くせの少なさ”で都市部市場を開拓

二階堂の麦焼酎が支持された理由は、当時の芋焼酎や米焼酎に比べて、香りが穏やかで、さらりとしていたことでした。

1970年代後半になると、東京を中心に「焼酎は強い・臭い」というイメージを覆す酒として注目を集め、出荷量は急増。麦焼酎を主力に据えてからわずか数年で、全国規模のメーカーへと成長します。

製法面では三和酒類と同様に、
・減圧蒸留
・イオン交換樹脂による精製
・微量の糖類添加による口当たり調整
を取り入れ、軽快で飲み疲れしにくい麦焼酎を確立しました。

なぜ大分の麦焼酎は全国に広がったのか

三和酒類と二階堂酒造に共通するのは、
・減圧蒸留による軽快な酒質
・麦原料のクセの少なさ
・飲食店・都市部を強く意識した設計
という点です。

従来の本格焼酎が持っていた「個性の強さ」よりも、「日常的に飲める」「誰でも飲みやすい」方向に舵を切ったことが、大分麦焼酎ブームを生みました。
その結果、大分は現在、日本最大級の麦焼酎産地となり、「焼酎=芋」という構図にもう一つの大きな柱を打ち立てることになったのです。

大分焼酎は“近代焼酎”のモデルケース

伝統製法を守る蔵が多い九州の中で、大分の麦焼酎は
・技術主導
・設計型の酒質
・全国市場を前提とした味づくり
という点で、非常に近代的なモデルケースといえます。

三和酒類と二階堂酒造は、焼酎を「地酒」から「国民酒」に押し上げた立役者でもあり、大分焼酎を語ることは、日本の焼酎市場の変化そのものを語ることでもあります。

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