1. HOME
  2. 最新ニュース
  3. 黒糖焼酎はこうして生まれた。―奄美と昭和、そして“黒糖が焼酎になった日”―
黒糖焼酎の特徴は ?の画像

黒糖焼酎はこうして生まれた。―奄美と昭和、そして“黒糖が焼酎になった日”―

黒糖焼酎は、日本中を見渡しても「奄美群島でしか造れない焼酎」です。
なぜ奄美だけが認められているのか。
なぜ“黒糖”という甘い原料が焼酎になったのか。

その背景には、戦争、統治、貧しさ、そして島の暮らしが深く関わっています。
今回は、昭和期を中心に、黒糖焼酎が誕生していく流れをたどってみます。

奄美は、沖縄ととても近い文化圏だった

奄美諸島は、江戸時代初期まで約350年間、琉球王国の一部でした。
言葉も文化も、生活習慣も、本土より沖縄に近い。

神さまに捧げる酒も、かつては「ミキ」「ミシャク」と呼ばれる口噛み酒。
米のでんぷんを唾液で糖化させ、わずかに発酵させた、甘酒に近い酒でした。

のちにサツマイモが伝わると、
煮芋や生芋のしぼり汁を加えた“黄色いミキ”も作られるようになります。

奄美でサツマイモが特別だったのは、
米よりもはるかに身近な命綱だったからです。

奄美にはこんな言葉があります。

「米の隣には居らゆしが、甘藷の隣には居ららん」

米を食べているのを見ても我慢できる。
でも芋を見たら、欲しくてたまらなくなる。

それほど、当時の奄美にとってサツマイモは切実な存在でした。

砂糖黍は“焼酎に使うどころではない”ほど貴重だった

奄美でサトウキビ栽培が本格化したのは17世紀末以降。
薩摩藩の重要な財源となり、島には過酷な黒糖年貢が課せられました。

一人あたり年間120kgもの黒糖を納めさせられた時代もあり、
黒糖は「飲むもの」ではなく、「生きるために搾り取られるもの」。

この時代、黒糖を焼酎に使う余裕などなかったのです。

それでも島では、焼酎は造られていた

一方で薩摩藩は、島民の酒造り自体は禁止していませんでした。

19世紀中頃、大島に流刑となった名越左源太の記録には、
米を中心にした焼酎造りの様子が残されています。

内容を見ると、泡盛とも薩摩焼酎ともつかない、
かなり水を多く使った“米焼酎”に近い酒だったようです。

ここからもわかるのは、
👉 焼酎は日常の酒だった
👉 サツマイモも黒糖も、まず食べ物だった
ということです。

黒糖が焼酎になったのは、戦争がきっかけだった

黒糖焼酎が生まれる決定的な転機は、太平洋戦争末期です。

制海権・制空権を失い、奄美は孤立。
黒糖はあっても、米も食料も入ってこない。

この時、日本軍が鉄兜式蒸留器で島民に酒造りを指導します。
戦後、米軍統治下に入ってからも密造酒は広まり、島外に出せない黒糖が、焼酎の原料として使われ始めたのです。

黒糖は、簡単な設備でも糖液が作れる。
島の暮らしの中で、現実的な原料でした。

「奄美だけ」黒糖焼酎が認められた理由

酒税法上、黒糖を使った蒸留酒は「ラム」に分類されます。
本来、日本で「焼酎」とは認められません。

しかし昭和28年、奄美諸島が日本に復帰した際、
戦中・戦後の製造実績が考慮され、奄美に限って黒糖焼酎が正式に認可されました。

ここが、いまにつながる最大のポイントです。

沖縄でも黒糖酒は造られていましたが、
復帰時に例外扱いされなかったため、現在も黒糖焼酎は「奄美限定」なのです。

昭和の奄美で、黒糖焼酎はこうして造られていた

奄美の黒糖焼酎は、「黒糖+米麹」という、世界的にも珍しい造りです。

収穫されたサトウキビは圧搾され、糖水に。
煮詰め、石灰で中和し、冷やして固めると黒糖になります。

その黒糖を砕いて溶かし、一次もろみに加えて発酵。
蒸留すると、黒糖焼酎が生まれます。

かつては新糖の甘い香りを嫌い、白カビを生やして香りを落とした黒糖を使う蔵もありました。

いまは逆に、新糖由来の華やかな香りが黒糖焼酎の魅力になっています。

黒糖焼酎は、昭和に“産業”になった

奄美で商品としての焼酎造りが始まったのは大正5年。
本格的に広がるのは昭和に入ってからです。

喜界島の朝日酒造、沖永良部島の沖酒造など、
沖縄出身の杜氏を招いた蔵が次々と誕生しました。

現在、奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島、この5島で黒糖焼酎は造られています。

黒糖焼酎は、奄美の戦後史そのものが液体になった酒とも言えます。

黒糖焼酎は「甘い酒」ではなく、「生き方の酒」

黒糖焼酎は、最初から“おいしさ”を目指して生まれた酒ではありません。
生きるために生まれ、暮らしの中で磨かれてきた酒です。

戦争。孤立。貧しさ。密造。復帰。制度化。

その全部をくぐり抜けて、いまの一杯があります。

もし黒糖焼酎を飲む機会があったら、「これは、昭和の奄美から続いている酒なんだ」。
そんなことを思い出してもらえたら嬉しいです。

この記事を書いた人

人気の記事