
粕取焼酎と醪取焼酎の違いとは?明治〜大正期にたどる焼酎の原点
17世紀後半以降、日本では焼酎の製造方法が徐々に記録されるようになります。
『童蒙酒造記』『本朝食鑑』『和漢三才図絵』『万金産業袋』などの文献には、当時の焼酎造りの様子が詳しく記されています。
焼酎造りは、鹿児島県や宮崎県といった南九州が盛んといわれています。
しかし、17世紀後半から全国的に焼酎が作られてきた事実がこれらの書物によって記されています。
この時代の一般的な焼酎は、主に酒粕や変敗酒(品質が劣化した清酒)を原料として造られていました。
なかでも全国的に広く普及していったのが、酒粕を蒸溜して造る粕取焼酎です。
粕取焼酎と稲作文化の深い関係
粕取焼酎は、日本の稲作文化と密接に結びついていました。
日本酒を製造する中で、アルコール分が抽出されたお米の副産物である酒粕のリサイクルは、課題でした。
酒粕は、肥料として有用でしたが、当時はアルコール分が高く、そのまま田に施すと稲の根に悪影響を及ぼしてしまいます。
そこで当時の人たちは、酒粕を一度蒸溜して焼酎として祭礼などで飲用し、蒸溜後に残った粕を肥料として再利用するという方法を生み出しました。
この合理的な循環により、粕取焼酎は農村部を中心に全国へと広がっていったと考えられています。
鹿児島で発展した「醪取焼酎」という系譜
一方、鹿児島では事情が異なっていました。
地酒である清酒の生産量が少なかったため、酒粕を原料とする粕取焼酎はほとんど発展しなかったのです。
その代わりに主流となったのが、原料を直接仕込んで発酵・蒸溜する醪取焼酎。
初期には米や雑穀が使われ、18世紀前半頃からは、サツマイモと麹を混ぜ、水とともに仕込む方法が一般化していきます。
ただ、この製法は、一度の仕込みで発酵を完結させるため、雑菌の繁殖に酵母の働きが追いつかず、アルコール生成が十分でないことも多くありました。
まだまだ、技術が未熟だったわけです。
その結果、醪が腐敗したり、味わいが安定しない焼酎になることも少なくなかったとされています。
技術的に不安定だった初期の芋焼酎
このような背景から、安定した芋焼酎造りは長らく技術的に難しいものでした。
ただ、20世紀初頭までは焼酎の多くが自家消費用として造られており、市場での競争や品質の均一化が強く求められているわけではありませんでした。
そのため、大きな技術革新が起こることなく、伝統的な製法が受け継がれていくことになります。
こうした醪取焼酎は、全国的に見ると南九州を中心に偏在しており、地域性の強い焼酎であったことが分かります。
【「粕取焼酎と醪取焼酎の違い」比較表】
| 項目 | 粕取焼酎 | 醪取焼酎 |
|---|---|---|
| 主な原料 | 酒粕・変敗酒 | 米・雑穀・サツマイモ+麹 |
| 製法の特徴 | 酒粕を蒸溜して造る | 原料を仕込み、発酵した醪を蒸溜 |
| 発展した地域 | 全国(特に稲作地帯) | 南九州(特に鹿児島) |
| 清酒との関係 | 非常に深い(副産物の活用) | 比較的薄い |
| 農業との関係 | 蒸溜後の粕を肥料に再利用 | 直接的な関係は少ない |
| 技術的安定性 | 比較的安定しやすい | 雑菌繁殖などで不安定になりやすい |
| 味わいの傾向 | 素朴で軽快なものが多い | 濃厚で力強いものが多い |
| 主な用途 | 祭礼・農村での飲用 | 自家消費用が中心 |
| 歴史的役割 | 全国的に普及した初期焼酎 | 芋焼酎文化の原型 |
近代焼酎への道をひらいた過渡期
17世紀後半から始まった、粕取焼酎と醪取焼酎の製造について違いはお分かりいただけたでしょうか。
全国的に焼酎は、日本酒の副産物である酒粕をリサイクルしたお酒として全国的に知られるようになったのでした。
一方、鹿児島や宮崎といった南九州では、原料を直接仕込んで発酵・蒸溜する醪取焼酎が発達。
この過渡期を理解することは、現在の焼酎文化をより深く味わうための重要な手がかりといえるでしょう。
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SHOCHU PRESS編集部
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