【芋焼酎】萬膳(まんぜん)/ 万膳酒造(鹿児島県霧島市)
霧島は日本で初めて国立公園に指定され、山や湖、高原を含む壮大な自然が広がります。
韓国岳(標高1700メートル)を主峰に、大小23の火山が連座。
それぞれの山麓では良質な地下水がいたるところに湧き出し、その数はなんと30以上もあります。
そのため、規模もさまざま。
具体的に言うと、湧水量が1日数万m2のものから数十万m2のものまであります。
万膳酒造の蔵の横を流れる手篭川(てごがわ)の土手にも、岩盤を通って染み出した地下水が湧き出しています。
それは霧島裂罅水と呼ばれる超軟水。
そして、この水こそが、万膳酒造が探し求めていたもの。
万膳酒造が造る焼酎の酒質を決定づけたのでした。
水は、硬水と軟水に分けられますが、その基準はミネラル成分の含有量。
多いものが硬水、少ないものが軟水です。
一般的に、焼酎には軟水がむいているといわれます。
その理由は、ミネラル成分が多いと鉄分やマンガンは焼酎の風味を損なう、といわれているから。
ただ、麹菌や酵母の育成にはリン酸やカリウムなどのミネラル成分も必要になるので、一概にどのタイプの水がよいとは言えないようです。
万膳酒造の創業は1922年(大正11年)。
ただ、昭和後期に焼酎酒蔵としての活動を休止することになります。
3代目の当主が39歳と若く他界されたためです。
その後30年の間は、3代目の奥様が酒販業を営みますが、焼酎の製造はできないでいました。
1999年(平成11年)4代目の利弘氏が焼酎造りを再開。
再開の準備に10年をかけたといいます。
利弘氏は、水にこだわっていたので、良質な地下水が豊富な立地の選定がポイント。
入念な立地の選定に、時間が必要だったのでした。
そして、選定されたエリアは国立公園の中。
そのことも、建築許可の取得がなかなか進まず、時間がかかった理由であるようです。
その後、設計や設備の導入まで自社で計画し、ようやく開業。
現在の蔵は、標高は700メートルほどあり、温暖な鹿児島にあっても1年中気候が冷涼。
街中と気温が6~7度くらい低く、夏でもクーラーがいらないほどです。
再開すると決めた時、利弘氏が真っ先に相談したのは3代目の弟に当たる叔父の宿里(やどり)利幸氏。
宿里氏は、黒瀬杜氏の里として知られる川辺郡笠沙町黒瀬の出身。
九州各地の蔵で、焼酎造りをしてきた名杜氏として、名を馳せていました。
その当時は、全盛時は300名を超えていた杜氏集団もわずか3人しかいませんでした。
理由です。
昭和30年代頃の焼酎蔵は、さまざまな工程で機械化・効率化が進みます。
それは、杜氏も無縁ではありません。
焼酎蔵で、”自社杜氏”の養成がはじまるのです。
雇いの杜氏ではノウハウの蓄積が進まず、効率化できないから。
”自社杜氏”の養成のために、鹿児島大学農学部で醸造学を修学した学生を採用するようになります。
結果、杜氏はその波に押され、徐々に数を減らしたのでした。
ただ、そのことは、杜氏の実力を疑うものでは決してありません。
身内である利弘氏の蔵の”自社杜氏”となった宿里利幸氏は、惜しみなく技術を利弘氏に伝授。
利弘氏自身も、途絶えようとする黒瀬杜氏の技を引き継ぐ、強い意思を固めたといわれています。
すると、再開を聞きつけたジャーナリストの報道などによって、瞬く間にプレミアム焼酎の仲間入りを果たします。
蒸し器は甑を使い、麹室はヒノキで覆い、仕込みに使う甕は200年前のもの、
蒸留は木樽蒸留器。
人間の手と、木や土の道具を活かした焼酎を造っています。
まさに、天然醸造、自然飲料である焼酎の鑑。
麹に使用するコメは、秋田県の国産米。
生産者と契約しています。
蒸留した新酒は、無濾過で甕の中で数か月貯蔵。
無濾過の理由は、大事な香りも濾過されてしまうから。
また、熟成も進まないから、だそうです。
ただ、えぐみや苦みの成分である油分は、人の手によって、こまめにすくい取られます。
極みを追求する、本物の職人魂を見る思いがします。
ところで、冷涼な立地を選定した別の理由を紹介します。
それは、黄麹を使っての焼酎造り。
すでにプレミアム焼酎「萬膳菴」として大成功を納めていますが、黄麹を使っての焼酎造りには、冷涼な気候が成功の条件だったのです。
黄麹は主に日本酒造りで使われる種麹。
焼酎で現在一般的に使われる白麹や黒麹とは違い、クエン酸が少なく冷涼な気候でないと他の菌に負けて腐敗してしまいます。
黄麹を使った焼酎造りには、冷涼な気候のほうが向いているのでした。
今回紹介する「萬膳」は、万膳酒造を代表する芋焼酎。
黒麹を使用し、仕込み水は前述のとおり、霧島裂罅水を使用。
飲み方は、お湯割がオススメ。
口に含むとその超軟水のふくらみが、水の触感を感じるほど頬に広がります。
雑味をまったく感じない、蒸した米の香りと穏やかな甘みがあります。
白い花の香り、マンゴーなど南国果実の香り。
上質な、時には鮮度さえ連想させるような、濃厚なサツマイモの甘い香り。
トロッとしたふくらみの余韻は長く、舌と口腔に留まり続けます。
少しだけ、木樽蒸留器の杉のような木の香りも感じます。
黒麹特有のトロッとしたふくらみには、煮込み料理にあいそうです。
角煮はもちろんのこと、牛スジ肉煮込み、手羽先煮込みなど、動物の脂との相性が良いです。
〈銘柄データ〉
【萬膳(まんぜん)】
萬膳酒造/鹿児島県霧島市
主原料/芋(黄金千貫)
麹菌/黒麹(米)
度数/25度
蒸留/常圧蒸留
この記事を書いた人
SHOCHU PRESS編集部
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