【米焼酎】武者返し(むしゃがえし)/寿福酒造場(熊本県球磨郡)
球磨焼酎
熊本県南部にある球磨盆地は、東西約30キロメートル、南北約15キロメートルに広がっています。昼夜の寒暖の差と球磨川からの豊富で良質な水によって、江戸時代から稲作が盛んな土地。熊本県有数の良質な米の産地です。豊富に米がとれるので、焼酎に米を回す余裕があり、米焼酎造りが独自に発展してきました。
焼酎が伝えられたのは、江戸時代中期とされています。ただ、どこから伝えられたかは諸説あります。鹿児島から近いので焼酎造りが盛んな鹿児島から伝えられたとされる説や、昔から沖縄と独自に交流があったので沖縄から伝わったとされる説、江戸時代の藩主であった相良氏が朝鮮出兵の際に持ち帰って伝えた説などがあり、確証には至らないようです。また、江戸時代末期に有名な大火事が発生して、市街地の大部分と城を焼いたため古文書のほとんどが焼失されたことも確証には至らない一因であるようです。
1995年、球磨焼酎は国税庁から、米こうじ100%を原料にし、球磨川の伏流水である地下水を使い、同地で瓶詰めされることを条件にしての産地指定を受けています。
球磨焼酎の代表銘柄
寿福酒造場はそんな熊本県球磨地方にあります。明治23年の創業ですが、焼酎酒蔵になる前から商いをしていたとされ、もともとは「かどや」という荒物問屋だったそうです。その歴史にはこの土地ならではの逸話があります。寿福酒造場は、かつて熊本から鹿児島に向かう唯一の道だった薩摩街道に面していますが、西南戦争の際、そこを通った薩摩軍に寿福家は握りめしを提供したそうです。
球磨盆地を流れる球磨川水系の水は、焼酎製造に適した軟水。寿福酒造場の横に流れる胸川は球磨川の支流で、約1キロ先で球磨川に合流します。寿福酒造場では球磨川水系の水を使用することにより、米由来のまろやかな甘さを引き立たせています。
現在の寿福酒造場の当主は5代目の吉松良太氏。4代目の杜氏だった寿福絹子さんの息子さんです。その4代目の杜氏だった寿福絹子さんは当時の球磨焼酎の蔵のなかで、ただひとりの女性杜氏でした。肉体的にも精神的にもつらい焼酎造りを自分の天職として受け入れるまで、ずいぶんとご苦労されたといいます。一粒一粒の米に愛情をかけ、子育てのような想いと、一本一本心を込めて蔵出しをしている寿福酒造場のポリシーは、寿福絹子さんより引き継がれたものです。今回ご紹介する銘柄は、「武者返し」です。今では、球磨焼酎の代表銘柄と言われています。
武者返しの原料はヒノヒカリ
武者返しの原料であるお米は、ヒノヒカリという品種を使っています。
ヒノヒカリは米焼酎に使用されるいちばん有名お米です。九州を中心に、中国・四国地方など西日本でよく栽培される食用米。食味がよく、稲が強く、収穫量も多いのが特徴。米焼酎の原料としてはもちろん、麹用としても使われています。
日本酒の原料として使われるお米は、食用米を品種改良した適合米であるのに対して、米焼酎にはそのような適合米はなく、食用品種がそのまま使われています。これは、米焼酎と日本酒の違いでもあります。
武者返しは常圧蒸留
今や球磨焼酎の代表銘柄を輩出する寿福酒造ですが、伝統的な「常圧蒸留」を守り続ける蔵としても、全国に知られています。
かつて、蒸留法といえば全国どこの焼酎酒蔵も常圧蒸留でした。しかし、1973年に福岡の酒蔵によって減圧蒸留が開発されると、大分の「二階堂」や、「いいちこ」が追随。その後、「二階堂」や、「いいちこ」によって大きな焼酎ブームが巻き起こると、減圧蒸留は全国的に注目されるようになります。
減圧蒸留は、蒸留機内部を低気圧にして50度前後でり蒸留が可能になる技法。50度で蒸留させるので余分な成分が含まれにくく、そのためクリアで飲み口爽やかな仕上がりになるのが特徴。
味わい的には、原材料の風味が生きる常圧蒸留と、ソフトで飲みやすい焼酎ができる減圧蒸留と言われます。
焼酎ブーム以降、全国に減圧蒸留が知れ渡り、取り入れる酒蔵も増えてきます。球磨地方も例外ではありませんでした。結果的にほとんどの蔵が減圧蒸留を取り入れるようになります。スッキリした飲み心地の米焼酎と、減圧蒸留の相性は良いのではないかといわれたからです。
しかし、寿福酒造場だけは昔ながらの常圧蒸留の道を歩み続けます。「手間も時間もかかるけど、うちの焼酎を待ってくれるお客さんをがっかりさせてはいけない」。という信念があったといいます。逆風の厳しい時代にあったとき、支えてくれたのは常圧のよさを正しく守り続けたといわれています。
武者返しの飲み方
武者返しの飲み方は、ロックがオススメです。
今の球磨焼酎の主流は25度、飲み方も減圧蒸留へ移行して以来、直燗や、直燗をそのまま冷やしてロックにする直燗ロックというより、ロックやソーダ割りが人気です。
球磨地方はかつて、独自の焼酎文化が育まれていたことで有名です。
具体的には、アルコール度数は35度や40度の焼酎が主流で、飲み方はそのような度数の焼酎にもかかわらず、水で割ることなく直燗、というものです。
また、酒器には独特の小さなチョク(猪口)を用います。口の開いた盃を用いると匂いが鼻についていけないというので、口のつぼんだ猪口が愛用されたといいます。
チョクに注ぐ酒器にはフラスコの胴に注口を付けたような形の陶器を使います。ガラと呼ばれていますが、このままコンロにかけて焼酎をあたためます。有田焼の白色の陶器で、藍色で竹とか花菖蒲とかを描かれたとても風情のある酒器。度数の高い焼酎をそのままこのガラについでコンロにかけるので、沸湯した場合に火が注口につくこともあったそうです。
険しい山々に囲まれている環境も影響したのか、球磨の酒を他エリアに出さないかわりに、他エリアの焼酎も入ることはなかったといわれています。
武者返しに合わせる料理
武者返しに合わせる料理のオススメは、イタリアンです。イタリアンは西欧の中でもリゾットなどお米料理に明るいです。また、お米が本来もっているすっきりとした香りとイタリア料理でふんだん使うオリーブオイルとの相性も抜群です。ぜひ、生ハムのリゾットと「武者返し」のペアリングはお試しください。
この記事を書いた人
SHOCHU PRESS編集部
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